深紅の月、漆黒の

プロローグ

 

バファル帝国とローザリア王国の国境の地、イスマスの廃墟でアルベルトというこの城のも住人だった元貴族の少年と出会い仲間に向え入れた一行は、ミリアムの故郷である北エスタミルにやっ辿り付いた。

「予定より、大分遅くなってしまったな。すまんな」

グレイはミリアムに対して謝罪する。傍らで聞いていたホークはこいつでも人に謝ることがあるのかと意外に思ったが、女子供には比較的優しい態度をとる事を思い出したので、納得した。
それに彼らがエスタミルに着くのが遅れた原因の一つに自分がかかわっていた事もあり、藪をつついて蛇を出す事もないかと思い、特に何も言わなかった。

「別に気にしないでいいよ!だって困っている人は放っておけないもんね。」

ミリアムは横をむいてそう快活にそう答える。そしてさらに振り返ってホークに尋ねる。

「キャプテンはエスタミルに来るのは初めて?」

「ああ?そうだな、イナーシーで海賊家業はできねえからな」

ホークは答える。エスタミルどころか滅多に内地に来る事はない。
海の無い所が好きではないのだ。36年もそう言う場所で生きてきたせいだろうか。

「ホークさん!イナーシーでなくとも、海賊はやってはいけない行為です!」

声を荒げて抗議したのはイスマスの貴族、アルベルトである。
アルベルトを仲間として向かえて以来、ホークとアルベルトは何かと衝突する。と、いうより、国の秩序をつかさどると表向きは思われてる貴族にとってその秩序を乱す犯罪者である海賊などと言う者は、いわく理解しがたく、許してはおけないものである。
特に、馬鹿が着くほど真面目に正義を貫こうとするアルベルトにとって妥協はできないことでもある。
そうは言っても、裏で犯罪者と結託している者やむしろ自信が犯罪すれすれの事をやっている者が最も多いのは、実は貴族階級であり、政治とはそういう汚い面をあえて行使しなければならない局面もあり、ただ正義を掲げれば全てよしとするところではない、と言う事は年端の行かぬアルベルトの伺い知るところではない。
だが、むしろそれが普通の事である。

「はいはい、だから海賊家業はもうやめたのよね。今はただのカッパらしいから安心しなさいよ。」ミリアムが言うと、グレイも呼応して

「カッパはら役にも立つ事は無いが危害を加えられる心配もないしな」

今から始まりそうな二人を仲裁し、一応ホークをかばっているらしいが、これならかばわれないほうがマシであると思わざるを得ない酷い言い様である。

「俺様をカッパとか言いやがるのは何所のどいつだ!」

ホークの怒りはアルベルトではなく、当然他の二人に向う。

「最初にそう名乗ったのはあんただろう」

「そうそう、陸にあがったカッパだってね、言われなかったらただのホークって呼んだのにね〜」

ミリアムもグレイも特に動じる様子もなく、悪びれずあっけらかんとして答える。

「それは建前つうか、謙遜だ。名乗ったからって普通そう呼ぶか?まったくお前らを相手にしていると、禿上がりそうだぜ」

其の最後の一言でミリアムとグレイはメルビルで別れた共通の友人を思い出したが、其の人物は会った時、すでに禿だったので、いくらなんでも其の原因は自分達ではないだろうと言う事で片付けた。その後、彼の額が広がったかどうかまでは計ったことは無いので知るところではない。
なんとなく、はぐらかされ、怒りが消えてしまったアルベルトは、言う。

「私はエスタミルは初めてです。ローザリアと同じ大陸にあるからでしょうか?あまり建築様式などは変わらないみたいですね。」

「そうだねえ、こっちはあまり変わらないかもね。南のほうはまた全然違うよ。もっとクジャラートっぽい感じね。そっちの方がきっといろいろと面白いものが見られるよ。せっかく此処まで来たんだから、行ってみなよ。」

ミリアムはアルベルトに教えた。

「だが、南は治安が最悪だ。俺達はいいが、アルベルトを連れて行っていいものか・・」

これが、相手がホークなら勝手に行けと言うところだが、さすがにまだ少年と言って良い者を連れて行くのは気が引けた。其の上育ちの良い上に人を疑う事を知らないアルベルトでは、

「そうだなあ、犯罪者達の格好の餌食にされちまうぜ」とホークが半分面白がりながらいう事態におちいりそうだ。

「そのためにアンタ達がいるんでしょう!2、3日連れて行ってあげなよ!其の間に私は神殿で術を教えてもらってくるわ!」

ミリアムは一人で勝手に話をすすめている。が、それが一番お互いの為によさそうだ。

「神殿ですか、ローザリアにはミルザとニーサの神殿があって、クリスタルシティは毎年新年を迎えると祈りに来る人たちでごったがえします。そういえば、エスタミルでは何の神様を信仰しているのでしょう?」

アルベルトはまったくの興味本位でそう尋ねた。

「赤い月の神アムトだ。」と答えたのはミリアムではなく、グレイである。

「ああ、あの縁結びの神様ですか?」

アルベルとはなんとなく、馬鹿にしたように言う。正義の英雄ミルザや豊饒を司る大地母神ニーサにくらべたら、なんとなく存在意義の軽い神のように感じたのだ。

「それは一面的な見方だな。アムトの言う愛は博愛、慈愛、生けとし行ける者全ての者に対する愛だそうだ。」

「そうそう、本当は偉大な神様なんだから!それに闇の神を封じた神さまでもあるのよ。と、言ってもお参りに来るのはほとんど縁結びの祈願気来る人たちばかりね。」

地元エスタミルの名所について誇らしく語るも、現在の其の有り様は由々しく思う。
だが、どのような理由であれ、其の場所が賑わっているはエスタミルにとっても、神殿にとっても、おそらくアムト神にとっても悪いことではないだろう。

「そうなのですか、なぜ、シェラハを封じるのに、恋愛の力を持ってしたのかわからなかたのですが、慈愛と言う事なら理解出来ます。本当はとても偉大な神だったのですね。私が間違っていました。」

アルベルトは見ているほうが恥ずかしくなるぐらい、大げさに自らを恥じた。

「それにしても、何故エスタミルがアムト信仰の総本山なんでしょうね?」

アルベルトは腑におちたように納得したところで又新たな疑問を口にした。

「さあ、神殿を建てた奴に聞かねばわからんが、この地でシェラハとアムトの戦いでもあったのではないか?」グレイはかなり適当に思ったことを述べた。

アルベルトにそう答えたあとに、突然ホークに話題を振った。

「そういえば、南エスタミルにはウコム神殿があったな。キャプテン、あんたは祈っておいた方がいいんじゃないか?」

「そうそう、海へ帰りたい!ってね」ミリアムが何時ものようにそれに続く。

海の神の恩寵が上がりそうな見事な連携である。
そしてミリアムはキャハハと笑い、アルベルトも釣られて笑った。
皆が笑っている中、ホークは

「それは、本当に祈っておいた方がよさそうだな」と本気で考えた。ついでに、コイツ等をウコムの裁きの雷で罰してくれるように祈っておこうとも思った。

 

その数時間後、4人は渡し舟乗り場にいた。

ミリアムは神殿で術を覚え、1年ぶりに故郷に帰って来たので、余った時間で知り合いに挨拶をしつつ、買い物をする予定だ。
他の3人の行き先は当然南エスタミルである。
ボガスラル海峡を500メートルぐらい挟んだ向こうに南エスタミルが見える。
海霧で白い紗がかかっている為、細かな所までは判別出来ないが、建物の輪郭から察するに、海峡を挟んで南に存在する同じ名前の都市はこちらとは大分様相を異にするようだ。

「じゃあ、3日後にアムト神殿の前で待ち合わせね」ミリアムは3人に言う。

「わかった、」

「時間に遅れたら、帰っちゃうからね」

「いつも遅れるのはそっちだろう」

「もう、何時もじゃないでしょう!5回に4回ぐらいでしょう!とにかく、アルを守ってあげてね。それからアンタ達も気をつけるのよ!」

「そっちこそ、地元だから大丈夫だとは思うが、迷子にならないように気をつけろよ。道は全てがまっすぐではないぞ。」

「もう!早く船乗んなさい!行っちゃうよ!」

3人はミリアムに押し込まれるように、南エスタミル行きの船に乗った。
アルベルトはイスマスで出会った時から疑問に思っていた事をホークに尋ねた。

「グレイさんとミリアムさんって仲いいですね。」

ミリアムなら笑って答えてくれそうだし。グレイは感情が表情に出ないだけで性格は穏やかなので別に気にもせず淡々と答えそうだが、本人に尋ねてはるのは悪い気がした。。

「ああ、そうだな〜、嫌味を言うタイミングと突っ込みを入れるタイミングとボケるタイミングが絶妙過ぎて、凶悪だぜ。」

バンダナを外して髪の毛の様子を調べていたのは、はげが出来ていないか確認する為であろうか?

「二人は恋人同士なんですか?」と先ほどまで恋愛の神様を少々見くびっていたくせにそう言うことに興味深々な年頃であるアルベルトは尋ねる。

「さあな。どちらにしても二人一緒だと凶悪だ。」ホークは少し離れてたところに居るグレイと桟橋でまだ大げさに手を振っりながら見送っているミリアムを交互に見て、ため息をついた。

 

 

ミリアムは其の足でアムト神殿に向う事にした。
アムト神殿までの道は覚えているはずだった。だが、途中で近道をしようと思ったのがいけなかった。
道に迷ってしまったのである。住宅街は全て似たような建物で、目印になるほど高い建物もなければ、見通しの聞く広い場所も見あたら居ない。

「もう!なんで道をまっすぐに作ってくれないのよ!皆が困るじゃない!」

と見当違いの文句を言い責任を転嫁しながら、そばにあった電灯にあたった。
だが、相手は鉄の棒。人間の拳のほうが分が悪い。

「いった〜い!突き指したかなあ」

何時もだったら回復術を覚えているグレイに呆れられながら治してもらうところだが、今は其のまま放置しておくしかない。

「やっぱり回復術おぼえないとなあ・・・」

だんだんと痛くなる右手を抑えながら、空が薄い紫色を帯びてきたので不安がもやとなって心を覆う。
夕方のこの時間帯に一人で迷子になるなんて最悪だなとミリアムは思った。
いっそ夜のほうがあきらめがつくのでまだマシである。
両脇に立ち並ぶのは民家なのだから、いざとなれば、其の家の住人に尋ねることが出来るが、事態はそこまで逼迫しているわけでもないので、そう言う気にもなれない。
かといって、不安は不安だ。
益々空の色がより、濃い紫に変化していく。
街灯が点る。黄色い光が町を照らす。
特定の時間になると町中の街灯に一斉に火が着くなんて凄い術だなあとどうでもいいことを思いながら、ミリアムは少しでも知っている場所を探そうと、歩き続けた。

「自分で地図読めるようにならないとダメだね。」

といつも道案内をグレイにまかせきって居た事を反省した。
そうこうして1時間ほど経ったころだろうか?広場に出た。
どんな小さな広場でも週末であれば、屋台が並ぶが、今日はそうではないようだ。
広場に噴水があったのでその縁に腰をかけた。そして先ほど痛めた右手を水につける。
冷たい水が腫れて熱を帯びてきた部分を優しく包み込む。これで治ることはないだろうが、精神的に楽になった。なぜ、癒しの術が水属性なのかが理解できた気がした。
少し休んでから15分ぐらい探してもダメだったら民家の人に聞こう。
そう思っている所、広場に人影を見た。中年の人のよさそうな男性と女性である。近所の人だろうか?ミリアムはそう判断し、道を尋ねる事が出来る、助かった。と思た。
男だけなら警戒もしただろうが、女性もいるので心配は無いだろう。と判断した。

「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど、アムト神殿はどこ?」

男は声をかけられて驚いたようすもなくミリアムに尋ね返す。

「ねえちゃん、アムト神殿に行きたいのかい?」

男は笑っている、が、なんとなく不安を誘った。
危険だとミリアムのどこかが警告している。もう一人の女性の方を見た。が彼女の方はやや笑っているばかりでこちらの事を見ていないようだ。
それもまた、ミリアムの不安を増徴させた

「なら、俺が連れて行ってやるよ」

男はのっそりとミリアムに近づいてくる。女のほうはいうととその間も表情を変えずに立ち尽くしていた。
とっさに術を唱えようとするが、男の行動の方が早かった。ミリアムは羽交い絞めにされて口をふさがれた。
そして何らかの言葉の羅列が聞こえた。それは術の詠唱だ。
相手は術使いで、しかも向こうの方が上手のようだ。ミリアムは術にかかって深い眠りに引きずられていった。
意識が遠のく寸前、ミリアムは必死に助けを呼ぼうとしたが、それは声にならなかった。

「いや!グレイ!助けて!」

 

そのまま意識が遠のいていった。
其の時目に映ったのは月の無い晴れた夜空だった。

 

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