深紅の月、漆黒の夜 5
その頃、とばっちりでジャミルとダウドが謎の一団に襲われる原因を作った張本人たちは、完全に道に迷っていた。
何故か先導しているのはアルベルトである。彼が近道があると言い出したからである。
他の二人は別段疑うでもなく彼に任せる事にしたが、この有様である。
「えーとおかしいなあ、先ほどあそこを曲がったからここを曲がってもあの道に合流できると思ったのですが・・・」
アルベルトは困惑気味に後ろの二人に同意を求める。
「知るかよ!俺様は海賊だからな。海では良くても、陸の上では方向感覚がなくなるんだ!分かるわけがねえ!」どこまでも偉そうなホークである。
「なんでも自分の職業のせいにするな・・・ところでアルベルト、お前は道は全てまっすぐで曲がり角は全て直角だと思っていないか?」
「え?違うのですか?」きょとんとして答えるアルベルト。
「おう、俺も陸の道は全てそうだと思ってたぜ。」呼応するホーク。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
予測していたとはいえ、当たり前のように昨日北エスタミルに置いて来たミリアムやメルビルで再会した元友人と同じような答えが返ってきたのでしばし呆然とした。が何時もの様にとくに表情にはなんの変化もなかった為、他2名は気づかなかったようだ。
もしかしたらそれが一般的な考え方なのだろうか?
数秒経ってからようやく口を開く。相当呆れているらしいとことは声の調子で判別できた。
「しかたがない。印をつけて進もう。・・・はじめからそうするべきだったな。」
「おお、そりゃいい考えだ。アリアドネの糸ってやつだな」グレイの提案に対し意外な知識を披露しながらホークは賛同した。
「何ですか?アリアドネって?」
尋ねるアルベルトに対してグレイは本来あるべき物語をかなり要約して説明をする。
「昔の伝承だ。複雑怪奇な迷宮に、閉じ込められたミノタウロスとかいう化け物を退治しようと入り込んだ奴が、アリアドネとか言う女からもらった毛糸玉のはじを入り口の柱に結び付けて毛糸玉を解きながら中に入る。帰りはそれをたどって行けば出られるというわけだ。本来なら最初からやらないと意味がないんだがな。下手をすると同じ所をループする可能性もある。」
「毛玉じゃねえよ、普通の糸だろが。毛玉はお前の髪だ!」
ホークはかなり些細な事を指摘した。
「ではホークさんの髭をその毛玉の代わりに使いましょう」
とんでもない提案をしたのはもちろんアルベルトである。
「だから毛玉じゃねえって。ってなんで俺の髭がここで出てくるんだ!?」
ずっこけながらも激怒するホーク。その剣幕を物ともしないアルベルト
「だって、長いし、減るものじゃないし・・」
「いや、抜いたら確実に減るだろう。」
グレイの指摘にもめげずにアルベルトはなおも言い募る。
「たとえ減ったとしても私たちは助かるんです!それに髭は髪の毛と違って必要ないではありませんか!」
「んだと!この髭はなあ俺にとって命の次に大切なものなんだ!必要ねえといえばこいつの髪の毛こそこんなに必要ねえし、お前の羽なんか不必要の極みじゃねえか!」
「多いわけじゃない、まとまりが悪いだけだ。」
「これは英雄ミルザにあやかる為、武神の鎧を模したイスマスの伝統的な式服です!!!馬鹿にすることは許しません」
3人がこの状況に対してどう考えても、どうでもいい事で白熱していた時、それは聞こえた。
「ぐあああああ!」
それは微弱だがたしかに3人の耳に響いた。
「なんだ?今のは?誰か襲われているのでしょうか?」
「ってことは襲う奴がいるってこった。厄介だな」
物凄い形相で今にも駆けつけんとするアルベルトに対し、ホークはそれを引き止めるように軽口で答えた。
「貴方はほうって置かれるのですか!!??」
そんなホークに対してアルベルトは憤りを感じ糾弾する。
「アルベルト、襲われている奴がみんな良い奴とは限らねえぜ!だいたいな、こんなところにいる奴がマトモであるはずがねえだろが。」
ホークは諭すように言う。
「ですが!!」
反論できず困ったアルベルトは、グレイに助けを求めようとした。が、
「何をしている。行くぞ」
そちらに眼をやると、グレイはすでに声のした方向に向かっていた。
「おいおい、グレイ、お前何か悪いものでも食ったか?」
意外な人物の意外な行動にホークは拍子抜けし、頓珍漢な質問をした。
「助けられるはずの人間を見殺しにしたら気分が悪いだろう」
特に表情も変えず、当たり前のように答える。否それが人として正しい答えではあるが、この人物が発すると非常に違和感がある。
「そうですよ!グレイさんの言う通りです!早く行きましょう!」
アルベルトは勢いよく同意し、後に続く。ホークも仕方なく同行しグレイに確認する。
「さっきも言ったが、襲われている奴が善人であるとは限らないぜ」
「それなら、そいつも始末すればいいだけだ」
と、これまた無表情で事も無げに言い放つ。幸いアルベルトの耳にはとどいてはいなかったようだ。もし聞いていたら震え上がる事だろう。
「始末ってなあ。お前・・・・」
いくらなんでも極端すぎる意見にホークは驚くというより呆れた。
「人間なら話が出来る」グレイは唐突なことを言った。
「当たり前だ」ホークはいきなり何を言い出すんだとばかりに返す。
「そいつが外から来たやつなら出口を知っているはずだ。またここにすんでいる奴なら此処を熟知しているだろう。なら、目的の場所を尋ねる事ができるかもしれない」
グレイの説明に対し、それもそうだとホークは思ったが、疑問点もないではない。
「そいつが知っているとはカギらねえし、そいつが教えてくれるとは限らねえぜ」
「脅してでも聞き出せばいい。すくなくとも今よりは状況は悪くはならないだろう」
さすがにアルベルトに聞かせるのを憚ったのか小声でかえした。
「それもそうだな。それにしても、お前は極端な奴だぜ」
珍しくホークのほうが呆れて盛大にため息をついた。それを見やってグレイは誰に言うでもなく呟く。
「もし、そいつらも俺達同様迷って道を見失っていたとしたら、それは最悪な事態だな」
ジャミルとダウドの状況は最悪だった。
ジャミルは闇の術をまともに喰らっていた為いつもの身のこなしができなかった。
しかも此処は瓦礫が散らばる狭い通路である。
ダウドは後ろから一生懸命矢を射る。だが、カンテラが照らすだけの薄闇の中では満足にねらいを定めることもできない。
「もう!あたってくれよ!!」
それでもダウドは矢を射続ける。ただひたすらに。
ジャミルは全身に走る痛みを無視し、一旦中空に飛び上る。そして黒い一団のリーダーに狙いを定めて急降下する。
どうやらこの間ダウドに自慢していた「偶然思いついた技」らしい。
黒いリーダーは微動だにしない、ジャミルはいけると思った。
が、ジャミルのレイピアの切っ先がそいつの心臓に触れようとした刹那、周りにいた黒の一団が術を正常に行使するのに必要な一文を詠唱する。二人の黒い人物から二つの黒い丸い物が放たれる。それは先ほどの実体の無い闇を凝縮したものだ。
ジャミルはとっさに避けようと身を翻すが、その玉は異常な軌跡を描き、ジャミルの飛び退った方角に捻じ曲がる。
どうやら一度放たれると的確に当たるように出来ているらしい。
「ぐああああ」
どこから出しているのか良く分からないような悲鳴を搾り出した。
そして瓦礫の山に床に背中から落ちた。激しく衝突し、其れ故石片の角が凶器となる。
「つう」
今度は背中に走る痛みでうめいた。
そしてジャミルはそのまま意識を手放した。
「ジャミル!!」
ジャミルの後ろから矢をでたらめに打っていたダウドは目の前に広がった光景に悲鳴を上げる。
黒い一団は今度はダウドに眼を向ける。
「うわああああ!くるなあ!!死にたくないよ!!」
もうダメだと思ったダウドは絶叫するしか手がなかった。だが、
「なに!」
黒い一団のうちの一人が術を詠唱しようとした刹那、俄かにざわついた。
彼らのうちの一人がどうと倒れた。だが一見したところ外傷はない。
「いきなり背後から攻撃するのは卑怯ではありませんか?」
正論だがこの場においてはあまりに場違いな批判が背後から成された。
「安心しな!峰打ちだ!殺しちゃいねえよ!」
呼応したほうは悪びれず当然のように言う。
黒い一団の意識は自分達の当面の標的にだけむけられ、背後にまで及ばなかったようだ。
だが、攻撃される瞬間まで気がつかなかったのは不覚だった。
気を失ったジャミルや腰を抜かしているダウドのことは最早用はないとばかりに捨て置き、
「何奴?」
一団のリーダーは背後の何者かに向けて誰何する。
「と言われて答える馬鹿はいねえ!」
確かに。そのとおりである。
どうやら自分達のところから意識が外れたらしい事をしり、ダウドは「助かった〜」と思いながらその場にへたり込んだ。
黒装束に覆われ、唯一露わになっている眼に鋭い光を湛えてなおも問いただす。
「盗賊ギルドの者か?それとも奴隷商人ギルドか?ならば引く事だ。
我々はお互いに干渉せず、自らの領域で活動する。それが不文律ではなかったか? もしそれを違えれば我らは・・・」
「お前達、奴隷商人の居場所を知っているのか?」
落ち着き払った声が黒のリーダーの質問を質問で返す。
その刹那、白刃が閃く。黒のリーダーには術で応戦する間も飛び退る間すらもなかった。
「大祭司様!」黒い一団が一斉に悲鳴をあげる。
「祭司?どこかの神の教徒か?メルビルの地下でも似たような奴らを見たな。」一旦言葉を切ってから何かを思い出したように付け加えた。
「先ほどの神殿の者か?」
凍りついたかのような沈黙が訪れた。
それはほんの一瞬であったかもしれない、だが当事者達には時間が引き延ばされたように感じた。それほど、その場の空気は張り詰めていた。
経たり込んでいたダウドはもちろん、両者の間でどういういきさつがあったか知らない、部外者の3人も、今の一言がこれから、ただならぬ事態を引き起こす可能性を感じ、背筋に冷たい物を感じていた。
「お主、どうやってあの扉を開けた」
其の空気を破ったのは、刃を突きつけられている大祭司であった。敵意に満ちているわけではなく、何かを見定めようとする真摯な表情であった。
「叩き壊そうと、刀を振りかざしたら開いた。それだけだ」
問われた方は何時ものように特に表情も変えず、淡々と答える。
その様子を見ていたホークは、
(こいつには恐怖心って物が欠落しているんじゃねえか?)
と思った。
自分は生命の危険に脅かされるような、危ない橋をいくつも渡ってきたし、むしろ少々の危険には喜んで向う質だ。だが、闇に対しての根源的な恐怖を払拭する事は出来ない。明かりを灯し、少しでも其の恐怖をやわらげようとする、そしてその光の領域を外れたところには出来得れば避けたい。そう思うのが人の心理である。
それなのに、こいつは。
ホークは明らかにあやしい、黒い神官の一団よりも、自分の仲間に対し得体の知れない恐怖を感じた。
(まあ、単に表面に出さないだけかもな)と、理解の及ぶ範疇に解釈し片付ける事にした。
ホークの疑念のまなざしを知ってか知らずか、対峙し、微動だにしなかった二人のうち、黒い大祭司が視線を、向けていた相手かたらはずす。
「・・・わかった。吾らが引こう。其のほう等には手出しせぬ。」
そう言い全身に張り詰めていた力を抜く。
それを確認した相手は突きつけていた刀を鞘に納めた。
「帰ろう」
大祭司は周りにいた神官達を促しす。神官たちは一斉に身を翻し、音も立てずにこの場から立ち去って行った。黒い衣裳が周りの闇に溶けていった。其の様を見ていて、アルベルトとダウドは恐怖心は駆り立てられ叫び出したい衝動に駆られたが、からくも抑えた。
ホークも年少の二人ほどではないが、そら空恐ろしいと思った
「おい、」
黒の集団が去っていった方向に声をかける。
他3人はぎょっとした。まだ、近くにいるのだろうか?
それにしてもせっかく向こうから去ってくれたのにわざわざ呼び止めるとはどういうつもりなのだろう?と
「奴隷商人のアジトの場所を教えろ」
これを聞いた他の3人はさらに凍りついた。
「なんで、命令口調物で人に物を尋ねるかねえ?こいつは」ホークは天を仰いだ。自分も人の事は言えた義理じゃない上、けっこうよくあることなので、今更驚くことではないが、状況が状況だ。相手を刺激する行動は避けた方がよい。
意外にもそれほど遠くない場所から声が響いた。
「そこの角を右に曲がってまっすぐ行けば良い。やがてたどり着くだろう。」
「感謝する」
それが聞こえたか聞こえなかったか、大祭司は立ち去ろうとしたが、ふと足をとめ、先ほどいた方へ視線をむける。
「お主は何者だ。否、名はなんと言う?」
「グレイ」
「そうか、ではまた」そう言って黒の一団は今度こそ本当に立ち去った。
その間、グレイの表情には少しの変化もなかったので心の内を伺い知る事は出来なかったが、右手は鞘に収まった刀の柄を固く握りしめていた。。
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やっと合流したよ、長かったなあ。