深紅の月、漆黒の夜 2


「ファラ!!ファラは!!??」

壊れかけたあばら家をそれこそ完全に破壊してしまいそうな勢いでドアをあけると同時に最大音量で中に居るはずの人物を呼ばわる
その人は「お帰り!景気はどう?」といって迎えてくれるはずだ。いつものように。
だが、答えは別の人物からだった「ああ、ジャミル!」ファラの母親、テレーズである。
それはとても悲痛な声だった。テレーズはどうしたら良いかわからないといった感じで床に座り込んでいた。そして、荒らされた室内。それだけで、相棒の言ったことが確かであると信じざるを得なかった。ジャミルは自分もへたり込みそうになったが、テレーズの肩を掴み訊ねる。

「何があったんだおばさん!ファラは!?」

「借金のカタにつれていかれちまったよ!ああ、あたしはどうしたらいいんだい?」

そして顔を両の手で被う。

「ファラは俺が助けるぜ!安心しろよなおばさん!」

ジャミルはテレーズだけでなく自分をも勇気付けるように務めて明るく言った。

「俺に任せておけって!」

「行くぜ!ダウド。ぐずぐずすんなよ!」

「え!?あ、まってよ〜」

そしてようやく此処にたどり着いたダウドの姿を認め、有無を言わさず連れて行った。

「どうするつもりなのさ?ジャミル。何所に行けばいいのさ?」

ダウドは先を行く相棒を何とか追いかけながら、其の背中に問い掛ける。

「決まっているだろ?奴らのアジトだ!」

二人は南エスタミルと北エスタミルを繋ぐ地下道の入り口へと消えた。



一方その頃。

「あんたら、仕事やる気はないかい?ちょっとヤバイ仕事なんだけど」

食い逃げされたパブのマスターレベッカは、加害者と入れ替わりで入ってきた3人連れの客に同じ仕事を持ちかけた。
その3人連れは共通点と言えば性別だけで、年齢も人種も職業も身分すらもてんでバラバラな奇妙な一行だった。
食い逃げされたレベッカはこの界わいで初めて見かける彼らを如何わしく思ったが自分だって相当如何わしいので気しない事にした。それに、どう見ても羽根にしか見えないマントを能天気に纏った育ちの良さそうな金髪の少年はともかく、あとの二人は腕が立ちそうだと長年培ってきた感が告げていた。

「ヤバイ仕事って何なのですか!?人の道を外した仕事ならば受けられません!そもそも貴方も何だって・・フガ!何をするん で、す、か、ホークさ・・・!!」

「だ〜!もう!てめえがいると話がややこしくなる!こっちに来い!」

羽根の少年・・アルベルトは場違いな正義感でマスターを説得しようと試みたが傍らにいた陸に上がったカッパことホークに羽交い絞めにされ、店の奥にずるずると引きずられて行った。

「ですが、ホークさん!人の道を外した人を放っておいて言いのですか!!うわ!!」

「てめえは今俺らを敵にまわしたぜ!!覚悟しやがれ!」

パブにいた他の客は何か事件でも起きたのかと色めきだったが、彼らと旅をしているグレイにとっては日常的な光景なのでやれやれと思うだけで別段気にもしなかった。
まあ、グレイの事だから例え彼らが赤の他人であったら尚更何とも思わないだろうが。

「・・・・勝手に同類項に纏めるな。俺はまだ人の道を踏み外してはいない。」

まだ、ということはこれからその予定でもあるのかと思わせる台詞である。
挙句の果てに自分でも断定できる自信が無かったらしく一言付け加えた。

「多分な」

マスターレベッカに一抹の不安がよぎったが、アルベルトの言うとおり自分が相当人の道を外しているのは確かで、しかもそういう人々の元締めなのであるのも事実なので何も言わない事にした。

「グレイさん!何とかして下さぁぁぁ〜い!!」

「で、どんな仕事なんだ?」

向こうのほうでアルベルトの悲痛な叫びが聞こえたが、叫べると言う事はまだ大丈夫なのだろうと判断し、大幅に逸脱したしたパブのマスターとの話を元に戻す事にした。

「えと、じゃ、じゃあカウンターの奥のお客さんに話し掛けてみて・・・・ハハハ」

「どうだ〜!参ったか!」

奥の方で20歳近く歳の離れた相手に対し大人気なくも得意げに威張っているホークを目にして、これまた人選失敗だったのではないかとレベッカは額に手をあててため息をついた。

同じやり取り繰り返しても仕方ないので、時間を進めることにする。



20分後

「という訳だから、先ずは情報を集めよう」

グレイは何事も無かったかのように、満身創痍で明らかに何事かあったであろうと推測させる二人に「ヤバイ仕事」の内容を簡潔に告げた。

「後ろ暗い仕事は断固お断りですが、人助けならば喜んでやります!!

早くそのウハンジというスケベ太守をやっつけましょう!」

アルベルトは先程とは打って変わってやる気充実しているようだ。
今にも駆け出していきそうな勢いで立ち上がった。

「おいおい!まだウハンジがスケベ親父とは決まってねえだろ?それをこれから調べるんじゃねえか。それに、例えそうだとしてその娘達を助けることまでは依頼されていねえ。」

アルベルトの首根っこをつかんでホークは言う。

「ホークさん!貴方には義侠心は無いのですか!人助けは義務です!」

「ああ?お前な、俺は海賊だぜ、お宝の為なら何だってするのが海賊ってやつだ」

「そんな事!威張れる事ではありません!!」

アルベルトはホークに掴みかかる寸前であった。がグレイに止められた。
どう考えても元海賊ホークにアルベルトがかなう訳がないからだ。

「落ち着け、アルベルト。あんたも大人気ないぞ、キャプテン」

グレイ自身どう考えてもバランスの取れた性格ではないなのだが、何故か何時もこの二人の仲裁役に回っている。

「恐らく、ウハンジとか言う奴は黒だろうから、とにかくそのハーレムの場所を突き止めよう。ついでに娘達も開放すればいい。」

「なんでえ。調べて報告すりゃいいだろうが。わざわざその場所まで行くこたあねえ」

「状況証拠が無ければ突き止めた事にならないだろう?そんな事実はないと言われたらそれで終わりだ。」

「そ、そうです!実際この目で確かめねばなりません!そして!!」

自分に有利になりそうな展開になってきたのでアルベルトは力説しようとした。が次の瞬間にあっけなく粉砕された。

「だあ!アルベルトお前はもういい、少し黙ってろ!」

「此処にいても仕方ない。行くぞ」

サングリアを飲み終わったグレイはさっさと席を立つ。

「仕方ねえな。とりあえず情報収集といくか!」

ホークもまたブルーハワイを飲み終えグラスをテーブルに置いた。

「ええ!行きましょう!」

アルベルトはまだグラスにウーロンハイが残っていたが席をたった。

「じゃあ、三人で700金ね。」

マスターレベッカは今度は食い逃げされずにすんでほっとした様子だ。
アルベルトは2000金の価値のある金貨を出して

「おつりはいりません!この粗末なお店を修繕するのに役立ててください!」

と笑顔で颯爽と立ち去ろうとした。が両脇からどつかれたのは言うまでもない。

おい!明らかに食事代より釣りのほうが多いだろう!?てめえは簡単な数学もできねえのか!」

とホークはアルベルトの頭を抱え込みぐりぐりと拳で押さえつけた。普通の人間ならすぐさま根
を上げるだろうが、あいにく相手はあまり普通ではなかっららしい。

「分かっています!ですが貧しい人に施しを与えるのが貴族の義務です!」
アルベルトはホークの羽交い絞めから抜け出しつつ、拳を握り締めて力説した。

「お前の基準でいくとマルディアスの人間の9割以上が貧しい人になるな・・・」
傍で其の様子を見ていたグレイは、やれやれと呟く。
何時もの様に表情には出さないが、あきれていることは声の調子から分かる。

当然きっちりお釣りを貰いアルベルトを引き擦るようにして一行は店から立ち去った。
アルベルトに「粗末」で「貧しい」と形容されたお店のマスターは何所に向けて良いのかわからない怒りで震えていた。カウンターの奥にいたヌアージは触らぬ神にたたり無しとばかりに店から逃げ出した。


次へ→

戻る→