呪縛の糸 前
ニューロードと名付けられたマルディアスで最も古い部類に入る道。
そこを行く限り安全であると言われており、事実、旅人は魔物に襲われることなく、無事に旅が出来た。
むしろ、山賊、盗賊、追いはぎ・・・警戒すべきは人間であった。
人間が一番恐ろしいとは誰が言ったのだったか。実に的を射た言葉だ。
北バファル大陸、ガレサステップからカクラム砂漠へと続く道。
大地の女神の聖地である砂漠と太陽神の聖地である草原の境界は、人間がでっちあげた国境とは異なり、非常に曖昧で、単純な一本の線で表せるものではない。
緑の乏しい、といって皆無というわけでもないこの一帯は古の神々が去ったあと一人残された大地の女神と新しき太陽の神が出会い、ここで永遠の愛を誓ったと伝えられている地だと言われている。
この砂漠とも草原ともつかない乾燥した大地を一人行くものがある。
その人物は白を基調とし、血のごとき赤がわずかばかり指してあるローブを纏っている。
どこかの神につかえる神官であろうか?
だが、普通は神官は巨大な鎌を持ち歩いたりはしない。
そして、さらに不思議な事に骸骨を彷彿とさせる容貌をしている。
仮面を装着しているのだろうか?
いずれにしても風変わりな人物である事は確かである。否、そもそも人であるかどうかも疑わしい。
砂漠地帯の乾燥した空気と直射する日光は、出来る限り係わり合いになりたくたくない知人を思い出させたが、その鎌を持った人物は特に気にも留めずに歩をすすめる。
そもそもマルディアスの大地など知り尽くしているので、いまさらこの人物の気を惹くものなど有りはしないのである。
一瞬立ち止まり、太陽を見上げ、そしてわずかばかり後、それを視界から遮断するように忌々しそうにフードを目深に被りなおし、そして再び歩き始める。
今、気にかかることははただ一つだ。だれが見ていようと知った事ではない。
リガウ島の活火山トマエの下には、魂の集まる場所がある。
肉体を捨て魂だけの存在となったものが行くところである。それはつまり死を迎えると言う事である。
ゆえにそこは死と生の境界であると思われていた。
そこは冥府と呼ばれ、そこを支配する神は死の王として畏怖されていた。
人は死を恐れ、それが不吉な物であるかのように言う。
いったい、どれほどの人間が真理を知りえるのだろう?
死とは人間の思い描いているようなものではなく、全ての終焉ではない、新たな始まりである。器たる肉体は滅んでも、魂は滅びず冥府と呼ばれる魂の故郷で、しばし休息し、執着、固定観念、憎悪、そういった穢れを全て洗い流したあと、新たなる器を得、再び地上へ向っていく。
魂は全ての輪廻の記憶を有する、だが、肉体を得たとき、その全ては忘れられてしまう。自らが不滅の存在であるという理も。
だからこそ、人は死を恐れる、そして、それゆえに、不安に陥り、何かを憎悪し、そして時には他者を傷つけてしまう。
死後、魂だけの存在となり、初めて思い出し、そして命あるときに感じた事、経験した事を全て、抱え、そして、それだけを糧とし、魂は新たな成長をし続ける。
つまるところ、死とは永遠に繰り返される不滅の魂という存在の営みの中で一つの過程でしかないのだ。
死がもたらすものは、恐怖ではなく、魂にとっての安らぎである、という。
だが、そのことを正しく知り、伝える事のできる者はいまや殆どいない。
かつて、この島には冥府の王を祭る神殿があり、その神殿の最高神官が王となり治めていた王国があった。
だが、その王国が滅んでもう何百年になるのか。
バファル帝国はこの王国自体を邪教と恐れ、聖戦と言う名の一方的な侵略戦争をしかけた。その時に王族に連なる血筋の者と神殿に関わる者を全て処刑された。
当然この地に保管されていた書物を全て焼いてしまった。
いずれにしても、死と生、魂の輪廻を司る神を祭る一族は消え、精神的な支えを失ったリガウ島はバファルの圧倒的な力に屈した。
そして、血の融和政策により時ともに帝国に同化していった。
今となっては、この地にそのような王朝が存在した事すらも知られていない。
しかし、焚書を免れたいくつかの書物があり、それらは帝国の中央図書館に重要機密として厳重に保管されているともいう。
その中に帝国を根底から覆しかねない重要な書物があった。
それを記したのは初代大法官。帝国に数々の法と秩序をもたらし、死後も膨大な知識の宝庫である書物によって貢献した、大法官ユリウスであった。
当然ながらそれを知る物は帝国において、ユリウスの志を受け継ぐ法の守護者である大法官と神々の王である太陽神を祭る大神殿の祭儀長と最高権力者である皇帝のみであるという。
大法官ユリウスが残していった書物は、帝国という人の手による巨大な海に大いなる波紋を残した。
その波紋は1000の時を経た今でもまだ消えてはいない。
最初に投じられた石はごく小さな物だったのかもしれない、だが、水面に映る像が波紋でゆがめられるがごとくに、いびつな形で広がっていった。
予言という名の虚構として。
「世に並びなき獅子王の国、自らが滅ぼしたものにより大いなる災いがもたらされるであろう。そして、やがて、その国は跡形もなく大地から消え去るであろう」
その予言のため、一体どれほどのリガウ島民が言われ無き嫌疑をかけられ、一方的な裁判で処刑されたであろう。その帝国にとってはなはだ不都合な真実は、公式記録から抹消されているが、事実は紙の上の記録のようには消し去る事が出来る訳もなく、次第に島民全体に反帝国の気運が高まっていった。
やがて、帝国の横暴な支配から脱する為、リガウ島の民は革命をおこし、その時すでに、相次ぐワロン島の海賊との攻防戦で疲弊していた帝国は僅か2年の戦いで、かの島の独立を認めざるを得ない状況に追い込まれた。
230年前のことである。
その時、反乱軍を組織したのは、アントニーという黒い髪と灰色の瞳をもった、歴戦の戦士であった。
彼はいつの時代のものともしれない、古めかしく、さぞかし銘のある鍛冶師の手になる者であると思われる見事な刀を愛用し、その刀は幾人の帝国兵の血を吸い、命の炎を消し去った。
その戦いぶりはまるで、鬼神のごとくであったという。
革命の鬼神と言われ、敵と味方をも畏怖させた。
だが、普段の彼はとても温厚で人当たりがよく、島民から絶大な支持を得ていた。
人の和なくして、疲弊していたとはいえ、地上でもっとも広大な国家を相手に、如何にして勝利を得られよう。
革命なって数年後、だれからともなく、アントニーは人々から、畏敬をこめて、この島の名前と供にこう呼ばれるようになった。アントニー・リガウと。
リガウ、それはこの島の名前でもあり、そしてこの島はかつて存在した王朝からそう呼ばれるようになったという。
それゆえにある噂が広がった。
それは帝国支配化にあってタブーとされた事柄であり、その支配を脱したのちも自然はばかられ、故に、水面下でじわじわと人づてに広がっていった。
それこそ波紋のように。
すなわち、「アントニー・リガウは王国の末裔である」と。
それは勿論、事実無根の噂であった。
だが、あまりにも広範囲に知れ渡りすぎた為、ただの噂と切って捨てられないほどの力へと育ってしまった。
それはリガウの民にとっては希望を後押しする糧となったが、帝国にとっては逆に作用し、帝国首脳陣を焦燥させたことは想像に難くない。
帝国を常に脅かしていた予言が、ついに実体を持って驚異を与えようとしている。そう思われたのだった。
故に、アントニーが突然の死を迎えた時、安堵したであろう事は火を見る明らかだった。
それは異様な事件だった。
朝、アントニーは部屋で自らの心の臓から流れ出る血の池に倒れ、すでに息絶えていた。
そしてその傍らにはアントニーの愛用していた刀が転がっていた。
それがアントニーの生を奪った凶器なのだと言う事は、その刃にべったりと付着したまだ鮮やかな深紅の血が物語っていた。
アントニーの顔はどれほど壮絶な苦痛があったのかと思われるほどの苦悶の表情で醜く歪んでいた。そこには生前の美しい相貌は微塵も見出す事が出来なかった。
アントニーの死に国中が悲嘆した。そして、その遺骸は敬意を表してトマエ火山火口へと運ばれ丁重に葬られた。
トマエ火山は死の王の住まう所に通じ、その業火は肉体と共に穢れを焼き払うという。
それは死の王の祭司であったリかつてリガウ王族にだけ許された死出の儀式だった。
帝国に弾劾され、公に残されてはいなかったが、信仰は人の思惑によって簡単に消える物ではながく、ひっそりと伝えられた。
それにしても、一体何者が、英雄の命を奪ったのか?
帝国の雇った暗殺者によってそのように仕向けられたのだとも言われているが、真相は闇の中である。
だが、もし、そうだったとしても、逆効果であった。
何故なら、アントニーの死はさらに人々のつながりを強固にした。そして自分たちの国を護ろうという意思は以前にもまして強くなっていった。
帝国が再び支配の手を伸ばそうとも、それがなされる事は後世250年にわたってなかった。
アントニーは死の直前、一人の女性と結婚した。
その女性はアントニーの死後子供を一人、授かった。
その子供は勿論英雄ラトナの血を継ぎ、そしてアントニーの遺品である刀はその子に継がれていった。
国を開放した英雄の血を引くその子は一体どのような人生を送った事であろう?
それはいずれの書にも記されていないので知る事は出来ない。
間もなくして、アントニーの妻は子を連れて島から去っていったからである。
何処へ、そして何故去っていったのかは誰も知らない。ただ、書物に断片的に記された事から判っている事は、予言を恐れた帝国によって放たれた暗殺者がその子供を狙ったものの、その女性の兄であり、その子の伯父である者によって返り討ちにされたと言う事だけ。
結局アントニーはリガウ島には何も残さなかった。だが自国の自由をもたらした。
それは、230年程前に死の王の支配する島で起こった出来事だった。
故に死の王は全てを見ていた。
古のリガウ王国が自分を信仰したことが帝国に一方的な侵略戦争の口実を与え、又、その後のリガウの歴史が常に今は部下となっている有能なる大法官が生前に残してきた書物に翻弄されてきたということも理解していた。
だが、だからといって何らかの介入する事はなかった。
神は人の営みに手を出す事はない。否、時には気にいった人間をこっそり手助けする神もいるらしいが、少なくとも全てにおいて公平であらねばならない死を司り、厳格な性質の死の王が神と人間との境界を破ることはなかった。
神は特定の者に特別な感情を抱いてはならないのだ。死と魂とその輪廻をつかさどる神であれば尚更だ。
だが…
「あるじ、お茶をどうぞ」
遠き記憶に思いを馳せていた死の王の意識を現実に引き戻したのは、かつて、帝国の大法官であったユリウスであった。
かつて使えた帝国において文官の長であることを示す衣装を身にまとい、そして50歳ぐらいの壮年の姿をしている。
死去したときは齢80であったはずだった。
死後、魂は自らが最も輝いていた時、充実していたときの姿をとる。
ゆえにユリウスは帝国の文官として、最も多忙であり、充実していた時の姿でここに存在するのである。
通常は合理性の観点からも、最も容色の美しく、体力が充実している若者の頃の姿をとる事が多い。だがユリウスは珍しい例外であったようだ。もっともそれは本人の自由なのでこちらが口出しすることではない。
どうやら、魂から得た情報からするとその年齢の頃、彼の根幹を揺るがす程の転機が訪れたらしい。が、これはまた別の話だ※1
死の王はユリウスが差し出した緑茶を短く礼を言いながらも心ここにあらずといった体で、受け取った。
湯のみ茶碗に口をつけながらも、やはり考え事にふけっていた。目の前の書類の山を前にして、珍しいことである。
ユリウスは何事かあったのかと怪訝そうに、たずねた。
「一体どうされましたか?具合でも悪いのですか?」
人の体を器としているときならいざ知らず、精神体である上、自らの領域にあってそのようなことは滅多にあるはずはなかったが、そう尋ねずにはいられなかった。
滅多にないだけであって、皆無ではなく、前例のないことでもなかったからだ。
「・・・何だ、ユリウス、おったのか?」
まるで今初めて気づいたかのように、改めて顔を大法官に向け、そうたずねた。
「・・ではそのお茶は一体誰が入れたというのですか」
その言葉に死の王は右手に持った湯のみをじっと見る。どうやらこれにも初めて気付いたらしい。習慣になっていることなので無意識に行動したのだろうが、予想外の反応にユリウスは半ばあきれ、しかし半ば心配になった。いくらなんでも、尋常ではない。
「・・・・」
死の王はしばしの間、きまり悪そうに沈黙しつつ、茶碗に残っているやや冷めた茶を飲み干す。
「・・・ついこの間起こった出来事について考えていたのだ。」
と、茶碗をユリウスに返しながら、先ほどか頭を占めていた事を語った。
リガウ島が帝国の支配を脱した時の顛末を主が語るのを口を挟まずに聞いていたユリウスは、それが終ってからも特に、感想を交えずにただ、こう言った。
「・・・200年以上前の事を普通は「ついこの間」とは言いませんな。」
「・・・・・・」
死の王は不機嫌そうに、といっても機嫌の良い時があるのかどうかは定かではないが、黙り込んだ。ふてくされている様だ。そんな主様子を見て取ったユリウスは若干ため息まじりに問い質した。
「で、それがどうかしましたか?」
バファルに古くから伝わるお伽話の中のばらばらにされた神※2のような発言に死の王は呆れたように尋ね返した。
「かつては自分がいた国のことであろうが。少しは気にかかろうが。それにそもそも・・」
死の王が続けようとしたその先の言葉を遮ってユリウスは言い放った。
「人の世に存在するもので滅びぬものなどないのですから。あの帝国とて例外ではありますまい。」
「おぬしが仕えた国ではないか。」
「それは過去の事。今私が心から忠誠を誓うのはただ一方しかおりませぬ」
ユリウスは相変わらずその顔には一切の表情を浮かべずに断言した。
「ほう、それは一体誰だ」
「・・・それは本気でおっしゃられているのですか?」
真顔で尋ねた死の王にユリウスは相変わらず無表情に聞き返した。
しかし、表情とは裏腹に、その声音に含まれた冷気に身の危険を感じたので、死の王はすぐさま否定した。
「勿論冗談だ。」
「それならば結構です」
そう言いながら、ユリウスは今にも振り上げようとしていた重量10キロはあろうかと思われる豪華な装丁の大辞典を元ある所にもどした。それが唯一忠誠を誓っている相手にする行為なのか?と何時ものことながら死の王は内心疑問に思ったが、言葉にはしなかった。
「・・・私があの帝国で法を定める役職についたのは、発展してゆく国とは裏腹に、繰り返し行われる戦争とその為に重税を課され日々の生活すらも満足に送れぬ人々を少しでも救いたいと思ったからです。
民にそのような生活を強い、その上、古き文化と伝統をもつ王国に敬意を払わず破壊と虐殺の限りを尽くした、海賊と少しも変わらぬ初代皇帝とその部下に忠誠など誓った事は一度としてありませぬ。それに・・」
大法官はそこで言葉を続けるのを躊躇った。今となっては最早意味の無い事だからだ。
かわりに死の王がその先を続けた。語った大法官よりもその表情は僅かではあったが痛ましげに歪んだ。あれは、死の王にとっては、邪神戦争以来、頑なに閉ざした心の扉をほんの僅かながらも開かざるをえなかったほどの大事件だった。
「あの女、リザと言ったか・・あの者とその子供を煉獄に落としたから・・か」
相変わらずユリウスの顔にはいかなる感情も示さなかった。
「煉獄へは落とされるのではなく、自らそれを選択し、堕ちていくのだ。
だが、それも、もう終った事。彼女は結局輪廻の環へと再び戻っていったではないか。」
「ええ、そうです。だから、今も私はここに居るのです。その話はもうコレで終わりです。」
ユリウスはさっさと話を切り上げ、自らの仕事に戻る為、空になった湯飲み茶碗をのせたお盆を持ち部屋の外へ向かった。だが、死の王の方を見やると、いまだ何かの考えに囚われ居てるかのように放心していた。
ユリウスはいよいよ「これは本気でおかしい」と思い始め、再び問う。
「あるじ、本当に如何なされたのですか?もし、本当に具合が思わしくないのでしたら、エロール殿に・・」
「呼ばんでいい。と、いうか、呼ぶな。」
ユリウスの提案は死の王の兄である太陽神の名前を出した瞬時に脊髄反応のように却下された。と、言う事は切羽詰まった状況ではないという事だ。とりあえずは安堵しても良さそうだ。ユリウスは再び、退出しようとした。しかし、またもや阻止された。
「・・・刀。」
「え?」
主のつぶやいた人言は独り言のようでもあったが、そうではないということは長年の経験でわかっていた。わざわざ口に出して言うということは、誰かに聞いてほしいと言うことだった。その辺は兄である太陽神と変わらない。ユリウスはもはや、お茶を片付けるのはあきらめて、近くにあった椅子に腰をおろし、話に付き合うことにした。
「・・ラトナという男は人の手によって殺害されたのではない、刀によって滅ぼされたのだ。いや、刀に宿る者の意思によってというべきか」
「それは一体どういうことです?」
ユリウスは儀礼的にそう尋ねた。相手の会話を引き出すコツだ。放っておいても、無視しても、いや、黙れと言っても勝手にしゃべる兄神とは違って、主は話下手であった。
「人の魂が物に宿る事がある。勿論、普通はそのようなことはおきぬ。だが執着にも似た強い思い入れによって作り出された物にごく稀にそういうことが起こるのだ。」
「まさに精魂込めて創るという言葉どおりですな。」
ユリウスは冗談のつもりでそう言ったが、それは長い付き合いのある死の王にしかわからないことだ。
「そうだ。かつて、古のリガウ王国に一人の将軍が居た。元刀鍛冶であったその男は自ら国を護るべき刀を鍛えた。」
「ええ、それは存じております。あの方の戦いぶりと、その人柄には敵ながら感心したものです。」
珍しくユリウスの口ぶりには相手に対する敬意が含まれていた。明日は雪でも降るのではないかと死の王は思ったが、口に出したのは別のことだった。本題はここからだ、ここで余計な茶々を入れて脱線するわけにはいかない。
「だが、その者が国王を討ち取り、さらに王族もろとも虐殺した事は知られてはおるまい」
「・・・・」
ユリウスは一瞬驚愕した。にわかには受け入れがたい事実だった。というより、そのような事があってよいのだろうか?と思ったが、しかし、当時のことを思い出すと、納得せざるを得なないという結論に至った。
当然知っているであろうと思われたが、ユリウスは自分自身の思考を整理するために、当時、自分が見たこと感じた事をあるじに語った。
「あれは、不可解な出来事でした。帝国軍が王城に侵入した時、すでに国王一族と神殿に人々の遺骸がそこここに転がっていました。あの時、帝国は勝ち目のない戦いに悲嘆し、自害したのだと結論づけていました。ですが、彼らは自らこしらえるには不可能な傷を負っていました。
また逃げようとした形成があり、背中から切られ、また抵抗したかのようにその手に武器を握っている者もいました。覚悟の自殺でなかった事だけは確かです。
もちろん帝国はその事実を隠しましたが。」
ユリウスはここまで、語って、あらためて疑問に思い、こう尋ねずにはいられなかった。
「ですが、何故、彼はそのような行動をとったのでしょう?」
もともと海賊と変わりなかった帝国の将軍も立派とは言い難く、正直ろくでもないあらくれ者ばかりであったが、それでも、自らが拠って立つ国の主を嗜いすなどと考える愚か者はいなかった。
「国王は、帝国に停戦を申し込もうとしていたのだ。自らの命と信仰を引き換えに国の民を救おうと考えた。だが、その将軍はそれが許せなかったのだ。王国の根幹である信仰を捨てること。それは誇りを失う事に等しく、また守るべきものを失っては自らの存在意義を失う・・・・」
そこまで言って死の王は「存在意義」という言葉に何かを思うところがあったのか、そこで言葉を切った。
そして、ユリウスはその答えにしみじみとこう答えた。
「・・・それは人事とは思われませんな」
もし、ここにこの神がいなければ、自分はとっくに輪廻に戻り、何度目かの人生を送ったことだろうと。
いや、もし死の王が自分を必要としなくなるときが来ればすぐにでも輪廻の環に戻ることだろう。それがここ冥府における自分の存在意義だった。
しばしの間、二人は自らの物思いに耽っていた。
その沈黙を破ったのは死の王だった。
「民に対する裏切り行為と感じた将軍は国王に切りかかり、そして、そこにいた全ての者を滅ぼし、そして最後に自害した」
ここから先は話すのがためらわれた。ユリウスにとっては思い出したくない過去であろうと思われたからだ。
「ですが、一人逃れた者が居りますね・・」
しかし、ユリウスは表面上にはいかなる感情も現わさず、こういった。
「そう、それが国王の1番下の娘であり、将軍の子を宿していた者だ。その女は一人の女児を生んですぐ亡くなった。そして、その女児の行方はお前の知っている通りだ」
「・・・」
ユリウスは沈黙で答えた。それは900年も前に解決した事だ。だから今更それについて思い煩っても仕方がない。だが、一つだけ気にかかる事がある
「・・・刀・・そう、彼女もまた刀を所持しておりました。それは名工の手になるものと思われる程の一品で、使い込まれたものでした。恐らく、何人もの血を吸ったのでしょう。そして、それは皇帝との間に生まれた息子ともども彼女自身をも・・」
ユリウスが言いよどむのを遮るように死の王は言う。
「あの刀はその後、世継ぎである皇子を惨殺せし者と忌み、処分されたのだ。」
ユリウスは、しばしの間、固まったが、呼吸を整えるように息をついてから言葉を継いだ。
「そうです。トマエ火口へと投げ捨てさせたと聴いております。リガウ島の伝統によると、呪われたもの、穢れたもの、そういうものを跡形もなく焼く事によって浄化するのだと」
「あれは・・・一度は火山に投げられた。だが、自らの意思によって戻っていった。」
ユリウスは衝撃を言葉にはださなかったが、淡々と語る死の王に視線を向ける事でそれをあらわした。
「どのようなつてを伝ったのかは定かではないが、やがて人の手に渡っていった。
あの刀を所持する者は次々に不可解な自殺を遂げていった。」
「では、英雄アントニーは・・」
死の王はためらいつつ、断言した。
「恐らくそうだ。そして、その刀はその後もその子孫に受け継がれている。」
「・・今、その呪いは今も続いているのですか?」
「・・・・・」
死の王は答えを出す事を躊躇った。
それこそが、先ほどから、心に占めている問題であり、目の前の大法官に相談したい事だった。だからこそ無駄に長々と順を追って語った。
だが、それを、たとえ冥府の大法官であり、半ば神に近い存在といえども、打ち明けてもよいものか。
そもそも、本人がそれで由としているのなら、他者が手を出すことではないと思われた。
もし、神々の王ならどうするであろう。と、表面的には嫌っている兄の事を思ったが、あの人の悪い奴のことだから、意見を求めたところで、いつものように真意のわからない笑顔を返すだけだろう。
「主?」
「いや、やはり、良い。つまらぬ話をしたな。すまぬ」
そう言って、死の王は目を閉じ、ぐったりと椅子の背もたれに完全に身をあずけ、深いため息をついた。その様子から何やら悩んでいるのは見て取れたが、だからといって、それを吐き出す事はないだろうという事も理解できたので、ユリウスは
「そうですか・・」
とだけ言って、その場を去った。
それから10分ぐらいした頃であろうか?
死の王は何者かの気配に気付き、物思いから醒めた。
見ると地の底よりも濃い闇が凝縮した空間が現れようとしていた。
死の王は少し驚いたが、だが、どこかでその訪れを察知していたのかもしれぬ。
だからこそ、先ほどからあのような苦悩を心に抱いていたのだと理解した。
「兄者・・・」
闇の奥から呼びかける声。
最後に彼女の声を聞いたのは何百年前だったか。
だが、たとえ何千年の時を隔てようが間違えようはない、最も近しい者の声だ。
自分を兄と呼ぶ者はこの世界に二人しかいない。
「シェラハか」
だからそれは疑問ではなく確認だった。
死の王が見やった先に現れた闇は凝結し、視覚で感知出来る形をとり始めた。
それは闇よりも黒い髪の女性の姿だ。
やはり記憶の中の妹−闇女神と寸分違わなかった。いや、一つだけあった。
目に見える相違ではない、だが、何かが決定的に違った。
「その、姿で現れるとは珍しい。お前は、神としての性(サガ)を自ら封印したのではなかったか?」
その女性は鮮血の色の瞳に悲しみを湛えていた。
「貴方にしか頼めない。助けて欲しい・・・」
「何をだ」
「あの子を・・・」
「シェリルが人間の男との間に生んだ子供を・・・・」
その意味を悟るのには大した時間はいらなかった。
いや、むしろ、先ほどからその一言を・・自分が行動する事に正当な理由を与える為の一言を必要としていたのだ。こ
だが、死の王は、それを表に出す事はなく、ただ、こう言っただけだった。
「よいだろう。」
女の顔に安堵の表情が浮かぶ。
そして、一言
「ありがとう。兄者」
そう告げて、現れた時と同じように掻き消えた。およそその人物が発するとは思われない言葉だった。
「あれがあの様な表情をするとは・・」
闇の女王が去り際に見せた安らかな笑顔。それは慈愛だった。
死の王はしばし、考えこむように目の前のうつろな空間を眺めていたが、やがて、意を決したように椅子から立ちあがった。
妹から欲しかった言葉をもらった以上、もはや、躊躇する理由はなかった、あとは行動するだけだった。
一度決めたら、あとの行動は早かった。
時間はあまりなかった。今から行っても間に合うかどうかすら怪しい。
鎌と骸骨の面をひっつかんで執務室を後にした。あわただしく飛び出してきた主にあっけにとられたユリウスに「地上に行ってくる」とだけ伝え、そして入口にいるフレイムタイラントからの囲碁の誘いにも気付かず、冥府を飛び出していった。
主の突然の外出に、後に残された冥府の人々は大変困惑したという。
※1 一応ユリウスが冥府にきた経緯なんかは考えているんですけど、いつ書けることか・・・
※2 言わずと知れた、魔界塔士サガでチェーンソーでばらばらになった神
主「すべてあんたが描いた筋書きだったわけだ!」
神「それがどうかしましたか?全て私が作った物なのです」
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捏造リガウ島年代記・・・・・・
アントニーとはサガ2のキャラです。ライバルの名前がユリウスだからという理由だけでその名前にしました。
たぶん奥さんの名前はオーリービーアー